2023年11月25日(土)に開催されたWebアプリケーションのチューニングコンテスト「ISUCON13」。
プロダクトセキュリティスタートアップのFlatt Securityは、ISUCON13にメディアスポンサーとして初協賛。ISUCON13の作問にフォーカスした前回記事に引き続き、#FlattSecurityMagazineにて、ISUCON13の裏側やISUCONの魅力に関する記事を発信していきます。
ISUCON13で運営に携わった、LINEヤフー株式会社の櫛井優介さん、さくらインターネット株式会社の江草陽太さん、長野雅広さん、芦野光さんの4人に、これまでのISUCON運営の歩みや運営・参加者コミュニティがどのように広がっていったのかについてお話を伺いました。
【ISUCON13の運営・作問・環境構築の舞台裏について】
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プロフィール
櫛井優介さん
LINEヤフー株式会社 Developer Relations / Advocate。2004年に株式会社ライブドアへ入社し、技術広報活動全般、技術系イベントの運営や各種イベントのスポンサー窓口を担当。2011年から現在までISUCONの運営を行う。インターネットでは 941 というHNで活動している。
長野雅広さん
さくらインターネット株式会社 クラウド事業本部 SRE室 室長。大学在学中から京都でスタートアップに参加。2006年に株式会社ミクシィに入社し、2010年に株式会社ライブドアに転職。Webサービスのチューニングコンテスト「ISUCON」の創設に関わる。2015年に株式会社メルカリに入社し、SRE組織の立ち上げに携わり、2021年1月より現職。著書に『達人が教えるWebパフォーマンスチューニング 〜ISUCONから学ぶ高速化の実践』(共著、技術評論社)
江草陽太さん
さくらインターネット株式会社 技術推進統括担当 執行役員 / 最高情報セキュリティ責任者 / 最高情報責任者。大阪府出身。洛星中学・高等学校時代にロボット研究部を立ち上げる。その後大阪大学工学部電子情報工学科に進学。学生時代より個人事業としてシステム開発やISMS取得などのセキュリティコンサルタントをおこなう。2014年10月、さくらインターネットに入社。2016年7月、25歳の時に執行役員に就任。社内全体の技術推進を統括。ネットワーク、データベース、情報セキュリティスペシャリスト。
芦野光さん
さくらインターネット株式会社 クラウド事業本部のエンジニア。 2016年に新卒入社、さくらのクラウド、さくらのVPSのIaaS系サービスのバックエンド開発、インフラ開発などに従事。 バックエンド開発もインフラ開発も好きで得意。自宅でOpenStackを動かしたり、仮想化技術周辺が特に好き。 最近は、衛星データプラットフォーム「Tellus」の開発に携わっている。
- プロフィール
- 作問体制の転機となったISUCON3
- 代々受け継がれる「魂のインプット」
- 自分のスキルがスコア化されるという魅力
- 「出たいけど出られない人」への対処が課題に
- 年々広がる社内ISUCONの取り組み
作問体制の転機となったISUCON3
ーーlivedoor(当時)所属の3人のメンバーでスタートしたISUCON1ですが、創設メンバーである櫛井さんと長野さんはどのように関わられていましたか?
長野:私はISUCON3まではlivedoorに在籍していましたが、その後退社したのでしばらく運営に関知していませんでした。少し時間を置いて、メルカリ在籍時のISUCON9と今回(ISUCON13)の2回、作問を担当しました。
櫛井:ISUCON9の時は、予選の作問がメルカリさんで、本選がさくらインターネットさんでしたね。今思うと縁がありますね。
私はイベント運営を初回からずっと担当していました。ISUCON9ぐらいまでは、運営は私1人でやっていました。今思うと信じられないですよね(笑)。ISUCON10からは会社のチームメンバーにも運営に入ってもらっています。
ーー作問者や運営の輪はどのように広がっていったのでしょうか?
櫛井:ISUCON2までは全てlivedoor(当時)のメンバーで運営・作問を行っていました。作問はtagomorisさんと長野さんのお二人にお任せしていて、私は一切タッチしていませんでした。当時は問題の内容を事前に把握していなくて、当日見て初めて理解していた感じでした。
ISUCON3にカヤックさんに作問をお願いして以降は、基本的に作問は他社さんにお願いしています。
作問は途中で2社体制になっています。これはISUCON6の時に、1社だけに作問をお願いすると負担が大きすぎることに気がついたからです。1社で予選と本選を担当すると用意が間に合わない言語が出てきてしまうなど課題がありました。対応可能な企業さんが見つからず1社提供になった年もありますが、その後は基本的に2社体制で作問をお願いしています。
ISUCON11では学生の方を運営に入ってもらいました。ヤフー(当時)、NTT、学生というメンバーからなる運営チームを作って開催したのですが、コミュニケーションの面でなかなか大変でした。この体制では無理があると判断し、再び企業主体の体制に戻すことにしました。
このような形で紆余曲折、試行錯誤しながら続けてきました。
ーー他社として初めて作問を担当したカヤックさんはどのような経緯で作問を担当されることになったのですか?
櫛井:ISUCON1と2で連続優勝されていたから、もういいだろうと(笑)。それに加えて、ISUCON2の後に、カヤックさんが社内ISUCONを他社に先駆けて実施されていて、作問できることがよくわかったのでお願いすることにしました。
ISUCON3では主に藤原さんに作問いただいていました。実はISUCONの予選という仕組みは「予選もあった方が良いのではないかか」という藤原さんからのアイデアで始まりました。そのため、予選はISUCON3から始まっています。
江草:さくらインターネットには、ISUCON8で準優勝したことをきっかけにお声がけいただきました。
櫛井:そうですね、作問は必ずしも優勝したチームが務めているわけではありません。
江草:ちなみに準優勝した年、弊社のアルバイトだった当時大学生のwhywaitaさんがいたチームが優勝していました。悔しかったですね。
櫛井:江草さんも当時は学生でしたよね?
江草:予選の時は学生でしたが、本選ではさくらインターネット所属でした。
櫛井:ISUCONも10年以上やっているので、江草さんやwhywaitaさんのように「初参加は学生だったけど、今は業界でキャリアを重ねている」という参加者も少なくありません。このような背景もあり、色々な企業に運営協力をお願いしやすくなっています。
代々受け継がれる「魂のインプット」
ーー作問者の輪を広げる中で、どのようなことに取り組まれてきましたか?
櫛井:そもそも問題作成経験のある人がほぼいないところからのスタートだったので、ISUCONの作問がどれだけ大変なのか、どれだけ注目されることなのかというマインド面からまず理解してもらいます。そして、問題のコンセプトや作り方などについても、過去の運営や作問者から引き継ぎを受けてもらいます。私はこれを「魂のインプット」と呼んでいます(笑)。
今回のISUCON13の作問は、既に作問経験のあるさくらインターネットさんにお願いできた上、何より長野さんもいるので、このような行程はスキップしましたが、未経験の方にお願いする場合はこれを行わないとまず間違いなくコケます。
また、過去の作問者の方々にアドバイザーを持ち回りでお願いしています。アドバイザーになる方は作問段階から運営に関わることになるので、その年は出場ができません。運営に捧げていただいています。
江草:問題をある程度解けるようなスキルを持った方でないと、作問はできません。でも、そのようなスキルの方は優勝を狙いたい場合が大半なので「出場したい」という気持ちが強いのも事実です。作問者を確保するのも大変です。
ーー初期は櫛井さんお一人で運営されてきたとのことでしたが、運営ノウハウはどのように蓄積されてきましたか?
櫛井:社内に運営用のドキュメントを残しています。ただ、状況が毎年変わるので、実際はアドリブ的な要素が多いのが現状です。運営チームの人数、予算、スポンサー状況など変数が多く、「運営はこれさえやればOK」という最適解がありません。そのため、属人化してしまっているという課題があります。
江草:今年は少しだけオフラインで一部の選手が参加出来る形で開催もしましたしね。
櫛井:そうですね、あとISUCON夏祭りも今年初の試みです。
ISUCONというコンテスト自体、1500人以上が一斉に参加するという、なかなかない規模の技術イベントなので、慣れている人でないと結構厳しい部分もあるかもしれません。
イベント運営に慣れていないと、どこで慌てるべきなのかもわからないと思うんですよね。「ここは先に情報を出しておかないと、後で事故る」というような勘所もあります。
江草:コンテストって難しいですよね。人が来るだけのイベントであれば、どんな大人数でも場所とプログラムさえ用意しておけば、なんとか運営ができると思いますが、そうはいきません。
もともと技術系のコンテストは開催数が少ないですし、業界でのノウハウも蓄積されておらず、運営を経験した人しかわからないことも多いです。それに加え、各コンテストの領域により必要とされる要素や運営スキルも変わってきます。コンテスト運営は大変ですね。
芦野:ICTトラブルシューティングコンテストの実行委員を8年ほど務めていた経験があり、今回ISUCON運営に携わることになった時も「コンテスト運営経験があるからいけるかな?」と思ったのですが、ISUCONの運営にはまた違った難しさがありました。
ICTトラブルシューティングコンテストは主に学生の方々を対象としており、参加人数もそこまで多くないコンテストなので、参加対象の縛りがないISUCONと比べると改めて参加人数や規模の違いを感じました。ISUCONには独特の緊張感があり、運営チームの皆さんの気迫や熱意も強く受け取りました。
櫛井:ISUCONはコミュニティイベント的に見られることがあります。実際、コミュニティとしても非常に盛り上がるのですが、運営がヘマをした時には手厳しい指摘をいただくことが多いです。
ーーそれほど期待感が高いということですね。
櫛井:思い入れも強いのかもしれません。ISUCONは皆さんの青春なのかなと思ってます。
ーー櫛井さんお一人で運営されてきた期間、壁に突き当たったことはありましたか?
櫛井:ISUCON6〜9の間は、よく「このイベントは何のためにやっているんだろう」と自問自答していました。当時、会社で仕事としてやっていたわけですが、「本当に会社のためになっているのか」という議論になったことが何度もあったからです。最終的に、このイベントを通じて業界貢献ができるということで会社とも折り合いが付き、イベント運営に紐づけた採用などのKPIも問われないようにはなりました。
自分のスキルがスコア化されるという魅力
ーー初回から今回(ISUCON13)に至るまで、参加者の傾向に変化はありましたか?
櫛井:全体的な傾向として参加者の年齢層が上がっています。初回から何回も参加し続けてくださっている方もいますし、上位常連チームも出てきています。異なる属性のコンテストを開催するなど工夫して、もう少し参加者の間口を広げていきたいです。
逆にベテラン向けのマスターズ的なコンテストがあっても面白いかもしれません。その時はメールサーバーをお題にしても良いかもしれませんね。
長野:参加者全体の年齢層は上がっているものの、意外と学生や若い人の割合が多いのも特徴です。
櫛井:賞金100万円に惹かれて「自分でも優勝できるかも?」と思って参加した若手の方が、ISUCONで上には上がいることを知り、ボロボロになって帰っていくことはよくあります。でも、それが「エンジニアとしてもっと成長できるように頑張ろう」と思い、奮起するきっかけになっているようです。連続して参加されている方も少なくないのにはそのような背景もあります。
ISUCONには勝敗がつくゲーム的な楽しさに加え、ベンチマーカーのスコアで自分のスキルが可視化される楽しさがあるので、夢中になっている人が多いように感じています。
江草:自分のスキルがスコア化されるのは大きなメリットだと思いますね。例えば転職の時には、給与レンジによってスキルへの評価が示されますが、客観的な指標とは言えません。客観的な指標であるスコアという形で、特定の領域におけるスキルレベルが示されるのはなかなかないことです。
ーーISUCONといえば、開催後に様々な参加者の方々によるレポートやブログ記事が発信されるのもひとつの特徴となっています。初回からそのような流れがあったのでしょうか?
櫛井:私は元々YAPC::Asiaというイベントを運営していたのですが、その時に運営側だけで発信することの難しさを感じていました。運営からの発信だけではなく、参加者の感想や口コミが新たな人の巻き込みやコミュニティ拡大につながるものだと理解しているので、当時から参加者の方に「ぜひ今日のことをブログに書いてくださいね」とか「皆さんの感想や発信がイベントを作っていくのでぜひ協力してください」という呼びかけを続けていました。
ISUCONもそうです。過去どのようなことをやったか思い出すために、自分が書いた過去のブログ記事を読み返すことも少なくありません。周りの参加者の方に聞いた話だと、ISUCONに参加した時だけブログ記事を書く方も一定いらっしゃるようです。そういう意味だと、イベントのためだけでなく、自分のためにも書いてほしいなと思います。上位で結果を残した方に限らず、様々な立場から多様な観点で記録を残していただけると良いですね。
江草:参加者の方々のレポートを読んでいると「勝ち負けは関係なく、何か試したいことがあるから参加する」という方もいて、色々な視点が見えて非常に興味深いです。
櫛井:同じコンテストでも、運営から見える世界と参加者から見える世界は全く異なるので、いつもありがたく拝見しています。
「出たいけど出られない人」への対処が課題に
ーー運営面で感じている課題はありますか?
櫛井:「出たいけど出られない」人への対処が課題ですね。出てみたいけれど周りに興味のあるメンバーがいないという方が結構多いです。そういった方々への最後の一押しに何をすべきか考えています。
これについては過去にも様々な施策を行っていますが、未だ解決策が打ち出せていません。お陰様で参加人数全体は増加傾向なので、定員が足りないということにはなっていませんが、参加したいと考えてくださっている方々へのサポートは継続して行っていく予定です。
江草:強い人だと一人で参加して高いスコアを出せると思いますが、初学者の方や学生さんの場合は複数人のチームで参加した方が学習効果が高い上、何より得難い経験ができると思います。チームの結成ができるように後押ししたいですね。
芦野:学生時代にISUCONと出会っていたら、参加したかったですね。そもそもISUCONというものに触れるチャンネルがありませんでした。今このように運営に関わらせていただいているのはありがたいことです。
先ほどお話したICTトラブルシューティングコンテストには、セキュリティ・キャンプ参加時に紹介されて運営に入ることになりましたが、ISUCONには出会えませんでした。
江草:私は逆に学生時代にセキュリティ・キャンプに出会っていたら参加したかったですね(笑)。
長野:大学や高専を回ってみるのはやってみたいですね。
櫛井:講師を派遣するのもありかもしれませんね。色々試してみたいことはたくさんありますが、私のリソースでどこまでできるかという悩みもあります。
江草:何かしらの形で業界により貢献できるようになっていきたいですね。
櫛井:そうですね。やはりエンジニアを目指す人を増やし、育成したい、そして育成したエンジニアを外資系企業に取られないようにしたいという思いが国内IT企業にはあると思うので、そういった思いに寄り添うコンテストであり続けたいですね。
江草:さくらインターネットがICTトラブルシューティングコンテストやISUCONに協力する理由は、まさにそこにあります。コーポレートロゴを掲載してもらうことによる宣伝効果ではなく、エンジニア教育や、それによる国内エンジニア人材の底上げを目的にしています。
年々広がる社内ISUCONの取り組み
ーー近年社内ISUCONも各社で開催されていますが、それらの活動もやはり人材育成が目的になっていますよね。
櫛井:新卒研修などでも活用されていますよね。すごく効果があるようです。
企業向けの新卒研修用プログラムとしてISUCONをパッケージ化して売るという選択肢もあると思いますが、あまりそこにモチベーションが感じられません。ISUCONの目的はお金を稼ぐことではなく、エンジニアにとっての刺激や成長を提供する場であり続けることですから。
ーー各社の社内ISUCONに対してアドバイスやサポートをすることはありますか?
櫛井:主催のLINEヤフーがISUCONの商標を持っている関係で、イベント名に対する許諾をすることはあります。また、広報面でのサポートを行うこともありますが、基本的にイベント企画や運営に対するサポートは行っていません。問題については、MITライセンスで公開されている過去問を使用いただくケースが多いようです。
ーー社内ISUCONは元々どのような経緯で始まったのでしょうか?
櫛井:主催から呼びかけたわけではなく、自然発生的に始まりましたね。ISUCON2が終わったタイミングで、最初にカヤックさんが始めて、そこから広がっていったような形です。
社内ISUCON用に独自の問題を作成されている企業さんは作問スキルがあるので、ISUCON本編で作問者を務めていただけないか個別に声がけするようにしています。
長野:リクルートさんやNTTさんのような大規模で歴史のある企業さんでも社内ISUCONを開催されていて、改めて影響力の強さを感じました。
櫛井:ISUCONの作問にはエース級のエンジニア3,4人を3ヶ月ほどみっちり拘束することになるので、ある程度の規模感があって、組織的に余裕のある企業さんでなければ、対応は難しいのではないかと思います。体力のある企業さんでないとお願いしづらい部分もあります。
ーー最後に、ISUCON14に向けた意気込みを教えて下さい。
櫛井:また次回も開催できたら良いなと思います。コピー&ペーストで開催できるものではないので、体制を考え直しつつ、開催に向けて準備していきたいと考えています。
(取材・文/寺山ひかり)
【ISUCON13の運営・作問・環境構築の舞台裏について】
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