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『トリリオンゲーム』のリアルさを支えるストーリー作りの裏側【原作者・稲垣理一郎先生×技術監修・志賀遼太】


2023年7月に放送が始まったTBS系金曜ドラマ『トリリオンゲーム』。ドラマの原作となっている作品は、原作・稲垣理一郎先生と作画・池上遼一先生のタッグによる人気漫画『トリリオンゲーム』です。2020年12月に「ビッグコミックスペリオール」で連載がスタートしてから、その破天荒なストーリーとコミカルな作風が話題を呼び、2022年には「マンガ大賞2022」にノミネートされるなど、人気作品となっています。

作中にはCTF(ハッキングコンテスト)やプロダクト開発に関するシーンも多数登場。原作漫画の技術監修、ドラマのIT・セキュリティ技術監修を、サイバーセキュリティスタートアップのFlatt Securityが務めており、フィクションながらもリアリティのある表現がなされています。

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今回は、作品の原作を務める稲垣理一郎先生と、技術監修者であるFlatt Security 執行役員 プロフェッショナルサービス事業CTOの志賀遼太が対談。稲垣先生のストーリー作りの流儀や、Flatt Securityによる技術監修の裏側などについて、余すことなく語り合いました。

▼漫画『トリリオンゲーム』作画・池上遼一先生へのインタビュー▼

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▼ドラマ『トリリオンゲーム』1話技術解説記事▼
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プロフィール

稲垣理一郎先生(@reach_ina
1976年東京都出身。代表作に、『アイシールド21』(作画:村田雄介)、『Dr.STONE』(作画:Boichi)。『Dr.STONE』で第64回小学館漫画賞受賞。現在「ビッグコミックスペリオール」(小学館)で『トリリオンゲーム』(作画:池上遼一)を連載中。

株式会社Flatt Security 執行役員 プロフェッショナルサービス事業CTO 志賀遼太(@Ga_ryo_
早稲田大学基幹理工学部情報理工学科卒。2016年、LINEに入社。セキュリティ診断や設計レビューを担当。2020年にFlatt Securityに入社し、2022年11月、執行役員兼プロフェッショナルサービス事業CTOに就任。数々のCTFで実績を残し運営にも携わっているほか、0day huntingの分野においても実績を残している。

人気作品のストーリー作りの鍵は「キャラクタードリブン」

(左)稲垣理一郎先生、(右)株式会社Flatt Security 執行役員 プロフェッショナルサービス事業CTO 志賀遼太

志賀遼太(以下、志賀):稲垣先生は、『トリリオンゲーム』の他にも『アイシールド21』『Dr.STONE』など数々の人気作品の原作を務められていらっしゃいますが、これまでどのように物語を作ってこられましたか?

稲垣理一郎先生(以下、稲垣):基本的には「キャラクタードリブン」で作っています。

キャラクターを作ること=漫画を作ることだと僕は考えています。漫画の中で最終的に描かれるのは「人の心」、つまり人間味です。これは作品の中でどんなドラマや出来事があったとしても変わりありません。

物語を作るとき、多くの人は物語全体の流れを考えてから、物語の中に登場するキャラクターの設定を考えると思います。一方、僕は漫画の肝は「人の心」だと思っているので、本来であれば「キャラクターがどういう人間なのか」ということをまず最初に考えて、それを踏まえて「その性格や個性を描くにはどのような舞台装置が必要か」「どのようなストーリー展開にすればそれを強調できるか」という流れで物語を組み立てていくのが正しいあり方だと思っています。

ただ、このやり方はかなり難易度が高いので、実際には物語とキャラクターの組み立てを並行して進めています。まず、「物語の舞台がどのような雰囲気か」「物語の雰囲気に合うような形でキャラクターの設定をどう肉付けすべきか」を検討します。その後で、キャラクターを引き立たせるようなストーリーの流れを考えています。

志賀:稲垣先生の手がける作品には、本当に様々な個性的なキャラクターが登場していますよね。物語を考える段階で、既にキャラクターの個性が考えられているんですね。

稲垣:キャラクターの個性を考えていくことは、「こんなキャラクターがいたら面白い」「こんなキャラクターはかっこいい」という自分の中にある主張を表現することに近いかもしれません。僕は日常生活の中で触れた面白い人の特徴や、「こんな人がいたら面白いだろうな」というアイデアを普段からとにかくメモに書き出しているので、描きたいキャラクターが常に何百体もいますね。その中から拾っていくようなイメージです。

僕は、漫画界に最も貢献した人のうちの1人は小池一夫先生だと思ってます。「漫画を作ることはキャラクターを立てることである」ということを長年提唱されていました。今では当たり前のようになっていることですが、小池先生がキャラクタードリブンの考え方を言語化してくださったことにより、良い作品を生み出せた人もたくさんいたんじゃないかと思います。それ以前は、一握りの天才たちがノウハウを独占していたような状態に近かったんじゃないかなと推測しています。

「お金なんていらない」への疑念が生み出した『トリリオンゲーム』

志賀:『トリリオンゲーム』の原作もキャラクタードリブンで作られたのですか?

稲垣:僕は「お金だけが全てじゃない」とか「お金以外にも大切なものがある」というような綺麗事が大っ嫌いなんですよね。目の前に10億円積まれて「取って帰ってもいいし、取らないで帰ってもいいけどどうする?」と聞かれたら、取らずに帰る人はいないんじゃないでしょうか。なので、こういう綺麗事は、本心を表していない欺瞞だと思ってます。

青年誌のキャラクターは現実では奇麗とは言いづらい心も含めて、本心が重要だと思うので、「お金が欲しくないと全く思わない、むしろお金をめちゃくちゃ稼ぎまくりたいという人間がいたら面白そうだな」と感じたんですよね。少なくとも「見てる分にはスカッとしそう」と思いました。『トリリオンゲーム』の主人公であるハルくんは、こうして生まれました。

『トリリオンゲーム』第11話(第2集収録)より、主人公のハル(右)(©稲垣理一郎・池上遼一/小学館)

ハルというキャラクターを輝かせるためには、ゼロからビジネスで駆け上がっていくというストーリーが良さそうだと考えました。そこから、成功するために何が必要か、ストーリーの細かいところを考えていくという組み立て方をしました。「心」や「人間」を先に置く、キャラクタードリブンのストーリー作りを行っています。

志賀:ハルというキャラクターがストーリー作りの起点になっていたんですね。

『トリリオンゲーム』では、ハルの相棒・ガクの活躍も目覚ましいですよね。『Dr.STONE』につづき、理系のキャラクターが活躍していますが、稲垣先生は「理系」をどのように見ていますか?

稲垣:世の中には「理系=ダサい」という風潮がありますよね。色々な作品の中でも、理系のキャラクターは噛ませ犬になりがちです「俺の100%の計算が破られるなんて!」みたいな感じで。僕も『アイシールド21』の中で網乃サイボーグスという噛ませっぽい理系チームを出していますが(笑)。

僕は元々理系で、プログラマー出身でもあるので、「理系=かっこいい」というイメージを持っていました。「理系のかっこよさ」を作品の中で表現できたら、新たな面白さを演出できるのではないかと思って考えたのが『Dr.STONE』の主人公・石神千空です。

千空はとにかく地道に頑張る人です。昔は、レオナルド・ダ・ヴィンチやアリストテレスみたいな大天才が現れて、画期的な大発明で社会をジャンプアップさせていくような時代でしたが、今の理系の世界はおそらくそんなことはないと思います。賢い人たちが集まってそれぞれの知見を持ち寄り、仮説を立てた上で検証する。時には反証も受け、その反証に何年も耐えたもののみが新たな真実として世界を構築していく、というものすごく地道なプロセスを踏んでいます。でも、これこそが「今の理系のかっこよさ」ですよね。

そうやって地道に頑張っていく理系の人ってかっこいいじゃないですか。「地道な努力」と「理系のかっこよさ」という2つの要素が見事にマッチしましたね。石化されたのに解放された時のことをずっと考えてるなんて、とんでもない根性ですよね。正気の沙汰でない地道さと、社会を一歩ずつ前に進めていくことのかっこよさこそが、「今の理系のかっこよさ」なんじゃないかと思ってます。

思わず叫んでしまうほど凄味のある池上遼一先生の絵

志賀:僕たちが監修をする時は、まず最初に稲垣先生の原作をお渡しいただくことが多いのですが、原作が漫画のネームとして作られているのには驚きました。

稲垣:そうですね。毎回「絵を入れすぎかな?」と思いつつ描いています(笑)。

作画いただいている池上遼一先生の絵は、キャラクターの表情の表現が凄まじいです。各話が雑誌に掲載される前、僕の方で毎回セリフなどの文字のチェックをするようにしており、その段階で初めて池上先生の描いた絵を目にします。その池上先生の絵が凄すぎて、見ながら思わず「うわー!」と叫んじゃいますね。毎回、本当に凄い絵を描いてくださいます。

志賀:#FlattSecurityMagazineの池上先生へのインタビューでは、「クリエイターにとって40歳前後ぐらいは一番脂が乗っている時期だから、一番脂が乗っている状態の稲垣先生と組めて幸運に思っている」という言葉を頂いていて、印象に残っています。

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稲垣:有り難いです。実は僕も、クリエイターは40代後半ぐらいが一番輝けるんじゃないかと思っていますね。宮崎駿さんが『天空の城ラピュタ』『となりのトトロ』などの名作を世に送り出したのも、40代後半ぐらいの時期ですよね。

50代以降になってもクリエイター個人の技術力がどんどん上がっていくのは間違いないとは思いますが、体力の低下が創作活動に悪影響を及ぼしてきます。そう考えると、40代後半というのは、クリエイターの体力と、技術力の向上の掛け算が絶妙にプラスに働くタイミングなんじゃないかなと思っています。この話、エンジニアの世界ではどうですか?

志賀:昔は「エンジニア40歳定年説」みたいな話がありましたが、最近は必ずしもそうではないですね。でも、技術が進化するスピードは年々速くなっているので、キャッチアップしていくのが大変です。

稲垣:そう思うと、いかに池上先生が凄いかという。

志賀:本当ですね(笑)

創業期スタートアップの破天荒さを体感

稲垣:志賀さんは『トリリオンゲーム』の技術監修をしてくださってますが、普段どういうお仕事をされているんですか?

志賀:僕が働く株式会社Flatt Securityという会社は、「開発者のためのセキュリティ」を掲げていて、様々なサービスやWebプロダクトの開発エンジニア/開発組織に向けたセキュリティサービスの提供を行っています。僕は、普段はセキュリティエンジニアとして、SaaSやWebサービスの脆弱性*1を調べるセキュリティ診断を担当しています。

Flatt Securityは「開発エンジニアに向けたセキュリティサービス」を提供しているわけですが、同じエンジニアでも開発エンジニアとセキュリティエンジニアの仕事は全く異なります。Webサービスを作るために開発エンジニアがひたすら開発や検証を進める中で、セキュリティリスクが見つかると、セキュリティエンジニアが対策を講じるために開発を止める場合があります。セキュリティ対策をするために、開発を中断せざるを得なくなると、開発のスピードが落ちてしまうケースがあるのです。そのため、同じ企業内でも開発エンジニアとセキュリティエンジニアが衝突してしまうことがあるという話は結構耳にします。

僕たちFlatt Securityのセキュリティエンジニアは、セキュリティを専門に行う立場ではありますが、そういった開発とセキュリティの対立を極力無くしたいと考えており、そういった思いから「開発者のためのセキュリティ」を提供しています。

稲垣:そもそもなぜスタートアップで働こうと思ったんですか?

志賀:結果的に今はスタートアップで働いていますが、「スタートアップで働きたい」というモチベーションがあったわけではありませんでした。学生時代に友人に誘われてプログラミングを始めて、マンションの一室を借りてみんなでプログラミングをしたり、超零細企業で働いたりしてきたので、スタートアップのような小さくて未成熟な組織で働くことへの抵抗感はありませんでした。

大学院在学中にLINE株式会社でセキュリティエンジニアとして働き始め、サービス開発を担当するエンジニアと一緒に色々なセキュリティの取り組みを進めました。

LINEで働き始めてから3年ほど経った頃から転職を検討し始めて、様々なセキュリティ企業の話を聞きました。Flatt Securityもそのうちの1つでした。

稲垣:優秀なエンジニアは引く手数多ですよね。色々な会社がある中でFlatt Securityさんに入社されたのはなぜなんですか?

志賀:代表取締役CEOの井手さんがかなり面白かったからですね。当時大きな話ばかりしていたので、とても印象に残っています(笑)。今の時代、大きな話ばかりする人なんて、そうそういないじゃないですか。

提示された条件も良かったので、Flatt Securityは事業が急スピードで成長している、エンジニアがたくさんいる会社だと思って入社しました。ですが、僕が入社した当時(2020年4月)は僕と合わせて2人しかエンジニアがいなかったので、びっくりしました(笑)。僕ともう1人のエンジニア以外は、全員業務委託でしたね。

稲垣:それもすごい話ですね(笑)。

志賀:入社前に確認しなかった僕も悪いんですけどね。そういった紆余曲折もありつつ、事業が成長し、今ではエンジニアが20人ほど在籍する会社になりました。後から聞いたのですが、当時のFlatt Securityはセキュリティ事業に転換してから間も無く、試行錯誤を続けていたようです。今は当時のような組織ではありません(笑)。

Flatt Security入社直後の志賀(2020年7月)。当時、会社のメンバーは10人にも満たなかった。

志賀:僕は『トリリオンゲーム』のセキュリティ・チャンピオンシップのような、CTF(ハッキングコンテスト)にも出場してきました。国内外や規模を問わず、本当に多種多様なCTFに参加しました。あのようなイベントが『トリリオンゲーム』で漫画として表現されているのを見て、かなり感慨深い気持ちになりましたね。

稲垣:世界的な大会で入賞したり、志賀さんはセキュリティの分野で大変活躍されていますよね。もちろん本業でも。そういったセキュリティの分野で活躍のベースになっている力は何だと感じていますか?

志賀:僕はめちゃくちゃ負けず嫌いなんですよね。元々スポーツ全般は得意ではなかったので、そちらの方面は諦めていましたが、自分の知識が活かせる試験やコンテストなどは勝ち負けや優劣がわかりやすく示されるので、昔からとても好きでした。CTFでは、どんな大会でも参加者のスコアや順位がはっきり示されるので、そういうところに燃えましたね。

「数字に対する執念」が他の人よりもかなり強いのかもしれません。コンピュータやセキュリティへの興味の強さではなく、負けず嫌いな性格が全てだと思っています(笑)。

稲垣:こういう話を聞いていると、CTFにはセキュリティ技術を盛り上げる役割があるのだと改めて感じさせられますね。僕たち漫画の世界にも「読者アンケート」という競争があります。読者の反応が数字になって現れるのでシビアですが刺激やモチベーションにもなります。

技術監修が感嘆するセキュリティ描写、その制作の裏側

稲垣:『トリリオンゲーム』の技術監修の話を初めて聞いた時は、どう思いましたか?

志賀:そのような仕事があるという想像もしていなかったので、最初にお話を聞いた時は動揺しかなかったですね。ハッキングを題材にした作品はこれまでも色々あると思いますが、「天才セキュリティエンジニアが、ものの数秒で政府のサーバーを乗っ取る」のような、非現実的な描写も多いじゃないですか。そういうこともあり、初めは不安でしたね。

でも、『トリリオンゲーム』のセキュリティやITに関する描写は、本当にリアルですよね。セキュリティエンジニアの自分から見ても「ああ、これはあり得るな〜」と思えますし、納得感と説得力があります。僕が監修した技術的な内容も、しっかり作品の中に反映してくださっているので、とてもやりがいがありますね。

『トリリオンゲーム』5話(単行本1集収録)より、セクチャン予選でのガク。ガクが問題を解くシーンの画面素材は、作品の技術監修を務めるFlatt Securityが提供している(©稲垣理一郎・池上遼一/小学館)

志賀:様々な話の監修をさせていただく中で、楽しさの方が勝ってきました。普段読んでいる漫画がどのように作られているのか、その裏側も知ることができて楽しいですし、一読者としても読んでいて毎回ワクワクさせられます。

セキュリティに関する技術的なトピックや、作品の舞台にもなっているスタートアップ業界に関するトピックについて、稲垣先生はどのようなところから着想を得ているんですか?

稲垣:先ほどお話した通り、ストーリーはキャラクタードリブンで作っています。キャラクターがある程度固まったら「どのように見せたいか」を考えていきます。例えばこの作品では「ハルたちを活躍させるにはどのような事業を立ち上げてもらうべきか」のようなことですね。

軸になるトピックが決まったら、その関係者に取材を行っていきます。異なる情報源から情報を参照した方が、情報の正確性が担保されるので、1つのトピックにつき、なるべく2人以上に取材するようにしています。取材する中で手応えを掴んだら、そのトピックをストーリーに取り入れる、という流れです。実際に現場に立っている人の話を聞いて取り入れないと、ストーリーがふわふわしてしまうんですよね。想像だけで書いてしまうと、必ずボロが出ます。

志賀:稲垣先生が実践されている取材方法は、漫画制作において一般的なやり方なんですか?

稲垣:人によると思いますね。取材を積極的にしていくタイプの漫画家の場合は、取材先が2人どころではないと思いますし、逆に取材を全くしない漫画家もいます。取材が必要なタイプの作品と、そうでない作品の違いもありますしね。

作品の構想段階での取材は、取材先にメリットはありません。「取材をさせていただく」立場になって、取材先から話を引き出さなくてはいけないわけです。慣れてない人や、知らない人と話すのが苦手な人にとっては大変に感じることかもしれません。僕は他の人と話すのが苦ではないので、そうは感じていませんが。

『アイシールド21』の時も、アメリカンフットボール業界の方々に取材しながら、ストーリーに盛り込むトピックを考えていました。

志賀:確かに、話を引き出す力も大事になってきますもんね。稲垣先生の取材力の高さが、作品のリアリティに反映されているんですね。

セキュリティエンジニアから見て、ガクは優秀?

稲垣:セキュリティエンジニアである志賀さんから見て、ガクは「デキるエンジニア」ですか?

志賀:監視カメラのハッキングシーンなどを見る限り、ガクはセキュリティのことも理解している優秀な開発エンジニアですよね。おそらくしっかり勉強したんじゃないかと思います。

作中でガクがハッキングやプロダクト開発を進めるシーンには、どれもリアリティがあるので、「ガクみたいなエンジニアは実在しそうだな」と感じます。もし実在したら、僕の知り合いになっていたかもしれませんね。

稲垣:ガクのことを「スーパーハッカー」にはしたくなかったんですよ。そう言っていただけて嬉しいです。

志賀:シナリオや設定のリアルさにかなりこだわられていたのではないかと感じました。技術監修の際は、稲垣先生から提示いただいた「実在しそうなシチュエーションとシナリオ」を元にして、それをどれだけリアルにできるのか考えています。ハッキングシーンでは、実在する有名な脆弱性を元ネタにすることもあります。

なので、大掛かりに見えるドラゴンバンクのサーバーへのハッキングも、現実味があるんですよね。頂いた設定をどこまでリアルにできるのか、技術監修として考えていく作業も、毎回とても楽しいです。

『トリリオンゲーム』26話(単行本4集収録)より、ドラゴンバンクのサーバーをハッキングすることを決意したガク(©稲垣理一郎・池上遼一/小学館)

稲垣:技術監修を行ってきた中で、志賀さんが一番印象に残っているシーンはどれですか?

志賀:セクチャン決勝で、ハルが電波妨害したシーンが一番好きですね。神主姿のハルが「キエエエエエエ!」と叫んでるのがめちゃくちゃ好きです。

ハッキングシーンについては、実際の自分の仕事に近い領域なのでなんとなく想像がつくんですよ。「確かにこういう脆弱性があったら狙われそうだな」みたいな感じで、納得感があります。

でも、電波妨害のシーンは、僕らの想像の斜め上を行ってましたね。意外性もありつつ、「確かにあの局面で妨害されたら逆転できそう」という説得力やワクワク感もありました。

このシーンはどのように作られたんですか?

稲垣:『トリリオンゲーム』の科学監修を務めていただいているくられさんに「電波妨害をしたいんですけど、何か良いアイデアはありませんか」と相談したところ、「アルミ粉末を撒くのがいいんじゃないですかね」というアドバイスをいただきました。それで粉末を撒き散らすのであれば、お祓い棒しかないだろうと思って、あのシーンが誕生しました。

志賀:粉末を撒くというところから、お祓い棒、そして神主姿を着想されたのはすごいですね(笑)。結果的にとても漫画として映えるシーンになっています。

最新刊7巻収録の51話のラストシーンも印象的でした。台風で被災し停電した街の中で、人々が「トリリオンTV」を見ている光が星のように光っていて、ハルとガクの二人がその光景をビルの屋上から見守っている。最初このシーンを見た時、この話は全てこのシーンに収束するように作られていたのだと気付かされて、とてもびっくりしました。

稲垣:そうです、その話はまさにあの見開きを見せたかったんですよ。池上先生の画がまた鳥肌でした。

志賀:セキュリティに関するシーンで、考えるのが難しかったところはありますか?

稲垣:ハッキングシーンはともすれば、ひたすらキーボードを叩いているだけになってしまうので、演出面で工夫するようにしています。色々な作品を見て演出を研究しましたが、大きく2種類に分かれることがわかりました。

1つは、超ド派手なイメージシーンを入れるというものです。少年漫画などで多いのですが、「セキュリティエンジニアの背中に翼が生えてきて、電子の世界に飛び込む」のような、技術をファンタジー的に描く表現ですね。もう1つは、リアルさを追求して、キーボードをカタカタさせている場面をしっかり描くというものです。

後者の方は意外と採用されていなかったので、『トリリオンゲーム』ではこちらを採用しました。ただリアルさを守りつつ、面白く見せるためには演出のトリックが欠かせないですね。例えば、他のシーンを挟み込んだり、ファンタジーでないイメージシーンを入れたりですね。

ガクがドラゴンバンクのサーバーをハッキングするシーンをどう見せるかは、かなり苦労しました。最終的には桜が遊ぶゲーム画面と同期させるような演出にしました。イメージシーンは入りますけど、あくまで桜が遊ぶゲーム画面なのでファンタジックではないですよね。

『トリリオンゲーム』27話(単行本4集収録)より、ドラゴンバンクのサーバーのハッキングシーン(©稲垣理一郎・池上遼一/小学館)

志賀:稲垣先生のことなので、あの演出もすぐ思いついたのではないかと思っていましたが、かなり苦労されていたんですね。

ファンタジー的な表現がないお陰で、技術監修をする時も「このシーンはどう技術的に正当化しよう」と焦る必要もなく、困ったことはあまりありません。

『トリリオンゲーム』読者の方へのメッセージ

志賀:漫画業界の方とこうしてお話することは初めてでしたが、稲垣先生の言語化する力がとても高いことに驚きました。ご自身が考えていることがとても丁寧に言語化されていて非常にわかりやすかったです。

「こう作ったら上手くいく」というロジックに支えられたストーリー作りも興味深かったです。発想一辺倒でなく再現性のあるやり方でストーリーを作られているからこそ、様々なヒット作を世に出されているのだと思います。非常に勉強になりました。

稲垣:僕はよく「こういうストーリーを成立させるためにどうしたらいいですか?」みたいな無茶振りをFlatt Securityさんにしていて、自分でも無茶振りしすぎじゃないかなと思っていました。でもその結果、「ハッキングシーンを現実的な表現にできた」と改めてお墨付きをいただけたので、今後はもっと無茶振りしていこうと思います(笑)。

志賀:お手柔らかにお願いします(笑)。

最後に、『トリリオンゲーム』読者の方や、これからお読みになる方に向けて、メッセージをいただいてもよろしいでしょうか。

稲垣:株式会社トリリオンゲームの事業規模もかなり拡大して、びっくりすることも多いかと思いますが、ハルたちの活躍を暖かい目で見守ってください。

『トリリオンゲーム』は、ハルくんという異常なスーパーヒーローに振り回されたり、感情移入したりと、彼を眺めながら楽しむ作品です。ぜひ彼の作り出すトリリオンゲームに一緒に乗って、ドライブを楽しんでください!

志賀:『トリリオンゲーム』にはファンタジー的な要素がないので、これを読んで「セキュリティエンジニアってすごい!」と思う人は多くないとは思いますが、作品全体を貫くリアルな描写をじっくり読み込んで、楽しんでいただければ良いのかなと思っています。技術監修として頑張ってきましたし、そういったシーンに目を向けていただけると僕たちとしても嬉しいです。


(構成・文/寺山ひかり 撮影/豊田恵二郎)

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ニュース配信を巡るハルと桐姫の戦いの行方がどうなるのか、ぜひ単行本で確かめてください。

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*1:WebサービスやOSなどのソフトウェアもしくはハードウェアにおけるセキュリティ上の欠陥。設計不備や不具合などにより生じることが多い。セキュリティ診断(脆弱性診断)ではこういった脆弱性を洗い出し、修正方法を開発者に提案することが可能。